ベンツ

メルセデス・ベンツ (Mercedes-Benz) は、ドイツの自動車製造者 ダイムラー・クライスラー(Daimler Chrysler) の高級乗用車やトラックのブランドの一つである。

成り立ち
1886年にドイツの技術者、カール・ベンツによって創設された世界最古の自動車メーカーの一つ。1920年代より、当時ヨーロッパで盛んになっていたモータースポーツに積極的に参戦し、数々の好成績を収めその名声を確固たるものにした。ゴットリープ・ダイムラーが、ベンツと殆ど同時期に創設したダイムラー社と合併したのは1926年である。

ナチスへの協力
1930年代中盤以降は、アドルフ・ヒトラー率いるナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)の強力なバックアップによりグランプリ・レース、ル・マン24時間レースやミッレミリアなどのレースで同じくバックアップを受けるアウディなどとともに活躍した。

また、ドイツ再軍備宣言以降のドイツの軍需を支える国策企業として、戦闘機のエンジンや軍需トラックなどの生産も行うものの、1939年9月に勃発した第二次世界大戦におけるドイツの敗戦により壊滅的な損害を受ける。 その中で、反ユダヤ主義に与し、ユダヤ人の強制収容者を強制的に労働につかせた罪で戦後多額の賠償を行うことになった。

名車
その後、1950年代以降のドイツ経済の回復に合わせるように、ミッレ・ミリアやル・マン24時間レースで大活躍した300SLRや、石原裕次郎の愛車として有名な300SLなどの数々の名車を送り出す。その後も1960年代後半に発売されたミディアム・クラス(現在のEクラス)や、1982年に発売された190E(現在のCクラス)など数々のヒット作を市場に送り出し、世界の高級車市場で圧倒的な存在感を持ち続けている。

ペルソナ・ノン・グラータ
しかし、暴力団関係者が好む車として悪名高く、日本以外の多くの国でも、立ち振る舞いが下品な成金が乗り回す車の代名詞として知られており、その為「ペルソナ・ノン・グラータ向けの車」と揶揄されることも多い。

コストダウンの弊害
しかし、かつては「最善か、無か」の企業スローガンの元、「全ての形に理由がある」と言われるほど質実剛健であり良い意味で過剰性能・品質であったのだが、昨今の利益率向上などによるコストダウンによって、市場に迎合し、トヨタの大型車のような単なる高額ブランド商品的な製品が多く見られるようになってきた。

1997年に発売された、メルセデス・ベンツとして初のアメリカ工場で生産されたMLクラスは、その品質の低さと完成度の低さで、全世界におけるブランドイメージを大きく落とすことに一役買う結果になってしまった。

また、先代Sクラス(W220)及び先代Eクラス(W210)が登場した際、古くからのメルセデス・ユーザーが代替えした直後乗り味や質感の違いに先々代の新車(Sクラス:W140、Eクラス:W124)への交換を要求、返品の山になったのは有名な話。これら「最善か、無か」時代に発売された車種が未だに中古車情報市場にて高値で取引され、程度によっては後に発売された後継車よりも高値をつけるなど、ある意味異常な状態が起こった。一方で、以前と比べて補器類やゴム部品などの交換耐用年数は大幅に伸びて、低年式になるとメンテナンスに手間と金額が掛かる車ではなくなった。

メルセデス
「メルセデス」という名前は、命名された1899年当時、ダイムラー車のディーラーを経営していたオーストリア・ハンガリー帝国の領事、エミール・イェネリックの娘の名前である。「ダイムラー・ベンツ」という硬い響きを持つブランドネームを避け、当時流行していたスペイン風の響きを持つ名前をあえて選んだと言われている。なお、欧米では「メルセデス」と呼ばれるのに対して、日本などのアジア諸国ではドイツ製品であることを強調するため、あえて「ベンツ」と呼ばれることが多い。

なお、ドイツ語の原音に近い読み方では「メルツェデス」となる。徳大寺有恒は著書や自動車雑誌の中でこの表記を用いることが殆んどである。

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