シーマ(CIMA)は、
日産自動車が製造・販売する高級乗用車。
3代目 FY33型(1996年-2001年)
新型のシーマ
1996年6月 FY33型にモデルチェンジ。
このモデルより北米向けインフィニティQ45と統合される。概観はラジエターグリル、ヘッドライトが4灯から2灯、ボンネットエンブレムがなくなる、その他エンブレムのINFINITI、である。搭載エンジンはVH41DE型およびVQ30DET型V型6気筒DOHC2987ccターボの2機種。4WD車は2WD車に対して40mmホイールベースが短い。
初代と違い特徴のないデザインになってしまったため、ユーザーが逃げてしまったという事実も。一部では「メルセデス・ベンツの模倣では?」とも声もあった。初代を絶賛していた評論家・徳大寺有恒も相当にコキおろした。
しかし逆ゾリ型リヤピラー(他はマジェスタ)、20インチの社外アルミの入る余裕のタイヤハウスなど魅力的な要素も多く持つ。
シーマ情報
1997年 「インフィニティQ45」を台湾で発売。
1998年9月 マイナーチェンジ。ラジエータグリルの造形を変更したほか、キセノンヘッドランプの標準装備化、日本車初のアクティブヘッドレストの採用、それまでブラウン管を使用していたインパネのマルチ画面をワイド液晶に変更等、装備面での充実をはかった。
1999年7月 日本車で初めて自動ブレーキング機能をもつ車間自動制御システム(ミリ波レーダーセンサー採用)を搭載した「41LV−Z」を追加。
2000年4月 FY33型をベースとする先進安全研究車「日産ASV-2」を発表。
SMAPの中居正広の愛車としても広く知られている。
4代目 F50型(2001年-)
シーマの中古車査定
2001年1月 F50型にモデルチェンジ。
搭載エンジンはVK45DD型V型8気筒DOHC直噴4494cc(日産発の直墳V8エンジン)およびVQ30DET型の2機種。
FY31型-FY33型はトヨタクラウン・クラウンマジェスタが対抗車であったが、F50型はトヨタセルシオ(レクサスLS430)が対抗車となっている。また、現行型の日産マークを最初につけたモデルである。 ヘッドライトが、「バルカンヘッド」と呼ばれているが、一部ではその形状から「ガトリングガン」とも呼ばれている。ドアミラーウインカーを国産車で初めて採用したため、ドアミラー仕様はサイドマーカーがない。ちなみにフェンダーミラー仕様はサイドマーカーが付く。
しかしあまり売れ行きが好調でなく同じ時期にモデルチェンジしたセルシオに大きく販売台数を突き放されている。リセールバリューもそれほど良くなく同じ状態の
セルシオと
シーマの中古値段を比べると100万円以上の差ができている。
2001年12月 一部改良。仕様装備の充実を図る。
2002年1月 誕生15周年記念特別仕様車を3月までの期間限定で設定。
2002年6月 第7回北京国際モーターショーに出展。
2002年9月 300Gの装備を充実させるとともに、「300Gグランドツーリング」を追加。
2003年4月 上海モーターショーに出展。左ハンドル仕様の「シーマ」は中国市場のみに投入されている。
2003年8月 マイナーチェンジ。内外装の一部変更、安全装備の向上のほか、V8エンジンがVK45DE型へ変更。直墳エンジンではなくなる。
2003年10月 シーマをベースとする上級派生車種としてプレジデントが登場。
2003年11月 4WD車をマイナーチェンジ。
日産自動車の新車値引き
プリメーラ (PRIMERA) は、
日産自動車(ニッサン)が製造・販売していた乗用車である。 2005年12月をもって、日本向けの生産を終了した。
同クラスにはアべンシス・(トヨタ)、アコード・(ホンダ)、アテンザ(マツダ)、レガシィ・(スバル)、三菱・ギャラン・(三菱)がある。
2001年1月30日 フルモデルチェンジ。姉妹車であったブルーバードと決別し、3ナンバーの専用ボディとなる。搭載するエンジンは直列4気筒DOHCのQR25DD型直噴エンジン、およびQR20DE型の2機種。同時にオーテックジャパンの手による運転補助装置を持つプリメーラセダン「アンシャンテ」、
プリメーラワゴン「アンシャンテ」発表。
この車は1〜3代目を通してCMキャラクターが無く、あまり印象に残るものではなかったが、1〜3代を通して外国人を起用していた共通点があり、3代目は運転補助装置を操っている西洋人がモチーフとされていた。CMソングには、セルジオ・メンデスの「マシュ・ケ・ナダ」、モービーの「ポルセリン」、ブライアン・フェリーの「ドント・ストップ・ザ・ダンス」を採用。
2001年8月28日 セダン/ワゴンに可変バルブリフト&タイミング機構付エンジンSR20VE型、および6速マニュアルトランスミッションを搭載した「20V」、「W20V」を追加。併せてセダン/ワゴンに新グレード「リミテッド」、セダンに4WD車を追加。
2001年12月19日
オーテックジャパンの手によるワゴン「ライダー」を追加。
2002年2月6日 セダンにQG18DE型を搭載する新グレード「18C」を追加。
2002年3月 イギリスでの生産を開始。
2002年5月27日 セダン/ワゴンを一部改良。
2002年7月2日 レッド・ドット賞(ドイツ)を受賞。
2003年7月8日 セダン/ワゴンをマイナーチェンジ。内外装の一部変更、仕様・装備の見直しの他、スポーツセダンの「20V」およびスポーツワゴンの「W20V」消滅。
2005年12月 日本国内での販売を終了しラインナップから消滅。
日本市場での販売不振の原因としては、スタイルや3ナンバーサイズに肥大化した車体が不評であった事、日本でのミニバンやコンパクトカー需要の高まりによるセダン型乗用車需要が低迷した事などが挙げられている。
なお、後継モデルとして、2005年12月にモデルチェンジしたG11型ブルーバードシルフィが1クラス上のミドルサイズセダンに格上げされたことにより、日本向けプリメーラはブルーバードシルフィに統合となる。
P12型は欧州向けのみに5ドアハッチバックが設定されている。ヨーロッパ仕様のボディ形態は、4ドアセダン、5ドアハッチバック、ステーションワゴンとなり、エンジンもYD22DTI(2200cc)・F9Q(1800ccルノー製)のディーゼルターボや最廉価版にガソリンエンジンの1600ccも存在する。
インフィニティG20は、G35セダン(V35型スカイライン)に引き継がれた。
日産自動車の中古車選び
ステージア(STAGEA)は
日産自動車が製造・発売する乗用車。 ステーションワゴンでスカイライン、ローレルの車台をベースに設計されている。
2代目
日産ステージア2001年10月 M35型にモデルチェンジ。
V35型スカイラインと同様、FMプラットフォームを採用したほか、樹脂製バックドア、ワゴン専用新開発マルチリンクリヤサスペンション等を新採用。搭載するエンジンはV35型と共通のVQ25DD型(2500cc直噴)&VQ30DD型(3000cc直噴)に加え、ステージア専用となるVQ25DET型(2500ccターボ)の3機種。ちなみにターボ車は4WDのみの設定。最低地上高を大きく取りSUV風に仕立てた“AR-X FOUR”を設定。
プラットフォームを共用するV35型スカイライン、Z33型フェアレディZとは違い、ステージアは初代と同じく日本市場専用車種である。
2002年10月 オーテックジャパンの手による特別仕様車「エアロセレクション」を設定。
2003年6月 オーテックジャパンの手による特別仕様車「アクシス350S」を追加。250RS VをベースにV型6気筒DOHC VQ35DE型に6速M/Tを組み合わせる。
2004年9月 マイナーチェンジを実施。内外装のリファインの他、エンジンラインナップおよびグレード体系を見直し、平成17年排出ガス規制対応を踏まえてV6・3000ccモデルおよび販売不振なV6・2500ccターボモデルを廃止。代わってV6・3500cc VQ35DE型を搭載するモデルを投入し、2500ccとの二本立てとしている。また、アクシスシリーズからは6速M/Tの仕様が廃止され、新たに「アクシスS」を追加した。
ステージア中古車情報
尚、前期型に搭載されラインナップにあったV6・2500ccターボは、ターボエンジン車の初期の頃に有りがちであった急激にターボの過給が掛かる「ドッカンターボ」的なエンジンレスポンスや、実用の燃費性能があまり良くないなどの短所があった事などで、ユーザーをはじめ自動車評論家などの各所からあまり評判が芳しくなかった事と、近年の排出ガス規制に対応させる事が難しい事などの要因から、V6・2500ccターボは後期型よりラインナップから外されている。
2005年11月 一部改良。運転席パワーシートが全車に標準装備される。
フェアレディZ(FAIRLADY Z / フェアレディ・ゼット)は、
日産自動車が製造するスポーツタイプの乗用車。通称は、「Z(ゼット)」。北米市場では「NISSAN 350Z」として販売されている。アメリカ合衆国での通称は「Zcar(ズィーカー)」など。
新型のフェアレディZ
初代(S30型、1969-1978年)
1970 Nissan Fairlady Z
「260Z」
S30フェアレディZラリー仕様
1969年、前身となるオープンボディの「フェアレディ」に代わって登場。国内ではL20型・6気筒とS20型・6気筒の2種類の2000CC直列6気筒エンジンが設定され、そのうちの第一世代(PGC10/KPGC10/KPGC110型)スカイラインGT-Rと同じS20型エンジンを搭載する「Z432」がS30型最強のZとされている。「432」とは、「4バルブ・3キャブレター・2カム」の意であり、搭載されるS20型エンジンの構造に由来する。競技使用向けにアクリル製ウィンドウ採用等の軽量化が施された「432R」も存在した。
ただし、「432」系車両の実際のレース/ラリー競技への参戦は販売期間の短さもあって少なく、ほとんどの成績はのちに登場する「240Z」が打ち立てている。
アメリカではダットサン・スポーツのブランドで、2400cc、2600cc、2800ccのL型直6エンジンを搭載した「240Z」「260Z」「280Z」を発売。その後、国内でも「240Z」「240ZG」、4人乗りの「2 by 2」を追加。世界総販売台数55万台というスポーツカーとしては空前の記録を樹立した。
S30型はモータースポーツでも活躍し、主に「240Z」がレースおよびラリーで好成績を収めている。
【主な戦歴】
1971年1月 「全日本鈴鹿300kmレース」にて「ダットサン・240Z」が優勝。
1971年6月 「富士グラン300マイル」GCクラスにて「ダットサン・240Z」が優勝。
1971年 世界ラリー選手権のサファリラリーに「ダットサン・240Z」が参戦。1-2フィニッシュを達成し、総合・クラス・チーム優勝の3冠を獲得。優勝ドライバーは故・シェッカー・メッタ。
1971年1月 世界ラリー選手権のモンテカルロ・ラリーに「ダットサン・240Z」が参戦。アルトーネン/トッド組が総合3位を獲得。
1972年6月 「富士グラン300マイルレース」にて「フェアレディ240Z」が優勝。
1972年 世界ラリー選手権のサファリラリーに「ダットサン・240Z」が参戦。総合優勝を獲得。
1973年4月 「レース・ド・ニッポン」にて「フェアレディ240ZR」が2位獲得。
1973年5月 「全日本鈴鹿1000kmレース」にて「フェアレディ240ZR」が総合優勝を飾る。
1973年 世界ラリー選手権のサファリラリーに「ダットサン・240Z」が参戦。総合優勝を獲得。
1978年5月 「78 JAF富士グランプリ」GTSクラスにて「フェアレディ280Z」が2位獲得。
1978年9月 「富士インター200マイルレース」スーパーT>クラスにて「フェアレディ240Z」が優勝。
モデルサイクル途中、折からの排気ガスによる環境汚染問題に端を発した排気ガス規制に対応するために、1976年7月にNAPS仕様のL型エンジンを搭載したS31型が登場している。
また、このS30型は漫画『湾岸ミッドナイト』で「悪魔のZ」として使用されている。過去には特撮ドラマ『マッハバロン』では「マッハトリガー」のベース車両として使用された。
S30型は今でも人気が高く、ファンは多い。中古車としても多く出回っているが、その多くは今までのオーナーによって何らかの改造が施されたものであり、何の改造も施されていない完全オリジナルの車両を手に入れるのは現在非常に困難である。
5代目(
Z33型フェアレディZ、2002年-)
350Z ロードスター
2002年の全日本GT選手権GT300クラス参戦車
フェアレディZバージョンNISMO2001年10月、第35回東京モーターショーにZ33型コンセプトモデルを出展。
2002年1月、北米国際自動車ショーに「350Z」を出展。同月より先行予約受付を開始。
2002年6月、第7回北京国際モーターショーに「350Z」を出展。
2002年7月、Z33型発売。2年の沈黙を経てカルロス・ゴーン氏により復活したモデル。ボディタイプは2シータークーペのみで、歴代フェアレディZに設定されていた2by2は未設定。エンジンはエルグランドやスカイラインに搭載されているV型6気筒DOHC3.5L VQ35DE型自然吸気のみ。ブレーキキャリバーはブレンボ社製を一部モデルに標準設定。グレード体系もベーシック・スポーティ系・ラグジュアリー系とわかりやすいものとなっている。
2003年2月、「350Z」がカナダ・カー・オブ・ザ・イヤー、およびベスト・ニュー・デザイン賞を受賞。
2003年3月、ジュネーブモーターショーにヨーロッパ向け「350Z」を出展。
2003年4月、ニューヨーク国際オートショーに「350Z ロードスター」を出展。 同月 上海モーターショーに「350Z ロードスター」を出展。
2003年10月、フルオープンモデル「ロードスター」(コンバーチブル・オープンカー)追加。同時に「クーペ」の仕様・装備を一部変更し、「Version ST」に5速AT車を追加。
全日本GT選手権GT300クラスに参戦し、GT300クラスドライバーズチャンピオンを獲得。
5月 第2戦 クラス2位
2004年1月、生産拠点を追浜工場から栃木工場へ移管。
同月、2月29日までの期間限定モデル「Type E」を設定。前後のオーバーハングを延長し、オーディオレスとされた。実質はJGTC GT500クラスのホモロゲーションモデル。同時に、ニッサン・モータースポーツ・インターナショナルの手による「フェアレディZ S-tune GT」を設定
2004年9月、一部改良。5速A/Tに「シンクロレブコントロール」機能を採用。 同月、パリサロンに「350Z ロードスター」を出展。
全日本GT選手権GT500クラスおよびGT300クラスに参戦。GT500クラスドライバー部門・チーム部門の両方でチャンピオンを獲得した。
6月 第3戦 マレーシア セパン・インターナショナル・サーキット 総合3位(GT500)
9月 第5戦 ツインリンクもてぎ 総合3位(GT500)
10月 第6戦 オートポリス・インターナショナル・レーシングコース 総合優勝(GT500)
11月 最終戦 SUZUKA GT 300kmレース (鈴鹿サーキット) 総合優勝、総合3位(GT500)
12月 オールスター戦 JGTCオールスター200 (カリフォルニアスピードウェイ特設コース) 総合優勝、総合4位(GT500)
2005年1月 フェアレディZ生誕35周年を記念する期間限定車「35th Anniversary」を設定。パワーアップされたVQ35DE型エンジン、18インチホイール等を採用する。2005年5月末受注分までの期間限定販売。
2005年4月、上海にて中華人民共和国向け「350Z」を披露。同月開催された「オート上海 2005」に出展。
2005年9月、マイナーチェンジ。ヘッドライト等の外観も変化し、リアコンビネーションランプにはLEDを採用し、出力が294psまで上げられた。シフトコンセプトは、「SHIFT_ sports」。
SUPER GT(旧全日本GT選手権)GT500クラスおよびGT300クラスに参戦。GT500クラスチームチャンピオンを獲得した。
3月 開幕戦 OKAYAMA GT 300km RACE (岡山国際サーキット) 総合3位(GT500)
5月 第2戦 FUJI GT 500km RACE (富士スピードウェイ) 総合2位、4位(GT500)
6月 第3戦 domestic GT CHAMPIONSHIP MALAYSIA ([[マレーシア]・セパン・インターナショナル・サーキット) 総合優勝(GT500)
7月 第4戦 SUGO GT 300km RACE (スポーツランドSUGO) 総合5位(GT500)
9月 第5戦 ツインリンクもてぎ 総合3位(GT500)、GT300クラス優勝
9月 第6戦 富士スピードウェイ 総合4位(GT500)
10月 第7戦 オートポリス・インタ-ナショナル・レーシングコース 総合2位、3位、4位(GT500)
11月 最終戦 鈴鹿サーキット 総合2位、4位(GT500)
2006年1月、オーテックジャパンによる期間限定車「Version ST Type G」を設定。リア19インチタイヤ、フロント&リヤフェンダーモールを採用し、初代S30型240ZGを彷彿とさせるモデル。
同月 東京オートサロン2006 with NAPACに「Version ST Type G」、および「NISMOフェアレディZ RSコンセプト」を出展。
2007年1月11日、再びマイナーチェンジが行われた。これによりエンジンはVQ35HR(313PS)に変更され、ボディカラーは特別塗装色としてかつてS30に採用されていたプレミアムパッショネイトオレンジが加わった。また、新エンジンを搭載する関係でかつてのS30のようにボンネットフードが盛り上がっている。このモデルにはNISMOがチューニングを手掛けた「Version NISMO」が設定されている。また、同じくNISMOからスーパー耐久のホモロゲーション取得用(公道走行不可)モデルとして排気量を3.8リッターまで上げ、車体にも手を加えられたVersion NISMO Type 380RS-Competitionもリリースされ、2625万円(税込)で発売される。ちなみに同モデルの公道仕様が2007年夏に発売予定。[1][2]
キャッチコピーは、クーペは「神話は、語り継がれる。永遠に。」「五感が、熱狂する。」「言葉は、無力になる。」、ロードスターは「風の中で、踊る。」「楽園は、風の中にある。」
フェアレディZの中古車査定